日本から世界まで。さまざまなUD活動を紹介 ユニバーサルデザインの今

ユニバーサルデザインの取り組み事例を3つに分類してご紹介。
街づくり、モノづくり、ヒトづくり。いずれも連関していますが、興味のある分野から、ぜひご覧ください。

カシコチェア
─ 働く女性の悩みに応えたオフィスチェアの開発 ─

女性の骨格形状に合わせた座面形状、下腿のむくみを軽減するサーキュシート、美しい姿勢を支えるブレスバック機構など、女性特有のニーズに応えたオフィスチェア「カシコ」。 開発にあたり、オフィスでの女性ワーカーの姿勢や心理を徹底的に調査検証したという。カシコチェアは日本人間工学会が主催する人間工学グッドプラクティスデータベースにも登録された。 イトーキ中央研究所の八木佳子さんにご寄稿いただいた。

八木佳子 やぎよしこ 株式会社イトーキ マーケティング本部 中央研究所 U/D研究室 室長。認定人間工学専門家
製品開発の前段階に当たる調査研究に従事。調査研究に基づく製品の原案の提案や、試作品の評価などを行う

(仲田裕紀子/ユニバーサルデザイン編集部)

女性にフィットする座面形状

椅子にかかわる男女差は存在するか? 開発の背景

 言うまでもないことだが、働く女性は増えている。労働者全体では男性のほうが多いが、オフィスワーカーに該当する職種に限ってみると半数近くが女性である。そのうち、特にオフィスで過ごす時間の長い事務職では女性のほうが多く、1990年には6割を超えている。

しかしオフィスで使われる家具は、長い間作る側も選ぶ側も主体は男性だった。一部を除けば職場の決定権を握っていたのは男性だったからだ。メーカーとしては従来から「大柄な男性から小柄な女性までが使える」ものづくりを目指してはいたのだが、知らず知らずのうちに男性好みの仕様になっている部分があるのではないかという疑問を持っていた。

そこで慶応義塾大学理工学部山崎信寿教授との共同研究を行うにあたり「椅子と女性」をテーマとして、「椅子にかかわる男女差の有無」の検証から研究をスタートした。

オフィスで働く女性の実態調査

 実験室での調査の結果、いくつかの違いが明らかになった。そのうち最も特徴的だったのは座面形状に対する好みで、男性は相対的に平たい座面を好み、女性はくぼみの深い、つまり丸みのある座面を好むのである 【 図 1 】 。女性のほうが骨盤形状に丸みがあり、臀部の脂肪が多く、腰周りに丸みがある。丸みを帯びた女性の体には、丸みを帯びた面がフィットするということである。ちなみに一般的なオフィスチェアは、比較的平たく男性好みのものが多い。 座面形状という椅子の座り心地を左右する重要な部分に顕著な男女差があることがわかったので、オフィスで働く女性についての実態調査を行うことになった。女性が多い職場5社を訪問して観察調査を行い、その後そこで働く人にインタビューを行った。観察調査では、多くの女性が椅子の背もたれを使わず、前かがみの姿勢で作業をしている様子や、ひざ掛け、座布団、クッションなどを使用して環境や家具が自分に合わない点を補うように工夫している様子が見られた。 【 図 2 】 インタビューは聞くほうも聞かれるほうも女性だけで行い、オフィスやオフィスワークについての要望や不満とともに、観察調査で見られた点についての質問に、なるべく本音で話してもらえるようにした。すると、ひざ掛けを使うのは冷え対策であると同時に足元を隠すためである、というような意見を聞くことができ、女性特有の意識が姿勢や持ち物に影響を与えていることがわかった。

働く女性の9割近くがむくみや冷えを訴える

 次にこれらの調査結果を数字で確認するためアンケートを行った。体の疲労についてたずねた結果が 【 図 3 】 である。肩や腰など、全体的に女性の愁訴率のほうが高いが、もっとも違うのは「足のむくみ」と「冷え」である。女性では9割近くの人が仕事中や仕事の後に足のむくみを感じているのに対して、男性では2割に満たない。足のむくみは、単に足が太く見えると言うような美容上の問題だけでなく、朝はいてきた靴が帰りにはきつくなるような不便が起きる、だるさやジンジンとした痛みを感じ、座って仕事を続けることが困難になるなど、女性にとっては深刻な問題だが、男性の多くはむくみのつらさを理解できないという。 仕事中の姿勢についてたずねた結果が 【 図 4 】 である。大きく違うのは、女性では椅子の背もたれを倒してもたれる姿勢を頻繁にとる人がほとんどいない点と、頻繁に足を組む人が多い点である。これらの姿勢の違いに影響を及ぼすオフィス内での意識に冠する質問の結果が興味深い。人から見られるのが気になる程度には目立った男女差は見られない 【 図 5 】 が、「背筋を伸ばすようにしている」「オフィスで背もたれを後ろに倒してもたれるのは気がひける」などの項目で、女性のほうが「そう思う」と回答した割合が高い。 【 図 6〜7 】

【 図 6 】 【 図 7  】

つまり女性のほうが、見られたときに「きちんとして見える」よう気を使っているのである。「足を組むとリラックスできる」と思う程度には男女差はなく、「足元が見える」のは当然女性のほうが気になる 【 図 8〜9 】 。ここまでは当然と言えば当然の結果だが、頻繁に足を組む女性が4割いる一方で、「足は組まないようにしている」女性も約4割である。 【 図 10 】

【 図 8 】 【 図 9 】

これらは別の人かというとそうではなく、足を組む意識で実際の姿勢頻度を層別して見てみると、足を組まないようにしている人の過半数が、実際には足を組んでいることがわかる。足を組む姿勢については、インタビューのときに聞かれた「体がゆがむと聞いたので足は組みたくないが、無意識で組んでしまう」「ひざが開かない姿勢を保つのは疲れるので、足を組む」といった葛藤や複雑な心理がここでも垣間見えた。

身体的、心理的な課題を製品開発に反映

 このように身体的、心理的などさまざまな違いがあったので、女性向けの椅子を開発することになった。上記の調査に加え、女性が好むスタイリングやカラーについての調査や、試作品を使ったモニタリングの繰り返しなどを通じて 【 図 11 】 のような椅子が完成した。

主な特徴は (1)女性の身体にフィットする座面形状 (2)足のむくみを軽減するサーキュシート (3)きちんとした姿勢を楽に保持するブレスバック機構 (4)視線に配慮した背座面の形状 などである。サーキュシートは、前半分が下に折れる座面機構である。むくみとは血液中の水分が血管の外に沁み出した状態で、座位では特に膝から下がむくみやすい。これは足を動かさないため、血液を押し返す筋肉のポンプ作用が働かないことと、血液の帰り道である静脈を座面で圧迫することによって起こる。そこで静脈が体の表層を通っている太もも裏側の膝に近い部分(座面の前半分が接触する部分)の圧迫を除いて、循環を良くすることでむくみが軽減する。

山崎研究室による既存品との比較実験の結果、個人差はあるものの平均すると約4割のむくみ軽減効果が見られた 【 図 12 】 。ブレスバックとは、背もたれの傾斜角度にあわせて背もたれの形が変化する機構である。背もたれを起こしているときは、きちんとした姿勢をそのまま支えることができるように腰を支える部分が出っ張っている。背もたれは倒れすぎないよう傾斜角度を6度とし、背もたれが傾斜するのに合わせて腰を支えていた部分が引っ込み、少しリラックスした姿勢でもたれられるようになっている。座面は前縁を一般的な椅子とは逆向きにカットしてあり、膝を閉じやすくなっている。また腰周りをさりげなく隠すよう、背もたれはウエスト付近を包み込むような形状となっている。

イトーキの考えるユニバーサルデザイン

 さて、ここまで読んで「一般的なオフィスチェア」よりもターゲットを絞った製品なのになぜユニバーサルデザインプロダクトの紹介ページに出ているのだろう? と不思議に思われた方があるかもしれないので、最後にイトーキの考えるユニバーサルデザイン(UD)の考え方について補足しておく。

イトーキでは、製品のUD化(=誰もが使いやすい製品を提供する)には、2つの方法があると考えている。ひとつは、個々の製品を使える人の範囲を広げること。もうひとつは、製品の選択肢を増やし、トータルで使える人を増やすことである。後者をイトーキでは運用計画やラインナップで実現するUDという意味で、「場のUD」と呼んでいる。ひとつの製品ができるだけ多くの利用者を満足させるのが理想ではあるが、現実的には技術的な問題や価格的な問題などが生じ、むずかしいことも多い。

今回は、好まれる座面形状が男女で異なったため、双方が満足する平均的なものにしたり、座面形状を好みに合わせて変えたりするよりも、別の製品にしたほうがそれぞれの満足度が高くコストパフォーマンスも良いと判断した。そして技術の進歩やさらなるアイディアによって、こういった問題を乗り越え、新たな価値を提供し続けることがUDであるとも考えている。

働く女性応援サイト「オンナノシゴト向上委員会」
http://onnanoshigoto.net

イトーキ「ユーデコスタイル」
http://www.itoki.jp/udeco/communication/index.html#

女性オフィスワーカーの実態調査と実験室での調査
【 図 1 】
女性オフィスワーカーの実態調査と実験室での調査
【 図 2 】 女性オフィスワーカーの実態調査と実験室での調査
 図 3 】
【 図 3 】
 降りしきる雨の下、創作舞踊「たごっこソーラン」で盛り上がる
【 図 4 】
【 図 5 】
【 図 5 】
【 図 10 】
【 図 10 】
【 図 11 】
【 図 11 】
【 図 12 】
【 図 12 】
直立姿勢を支えるライン
直立姿勢を支えるライン
背後からの視線をガード
背後からの視線をガード
やさしい肌触り
やさしい肌触り
 女性にフィットする座面形状
女性にフィットする座面形状
 美しい姿勢を保つブレスバック機構
美しい姿勢を保つブレスバック機構
大腿部の圧迫感をなくし、むくみを軽減させるサーキュシート
大腿部の圧迫感をなくし、むくみを軽減させるサーキュシート
力をかけずに操作できる
力をかけずに操作できる
すぐに操作方法を確認
すぐに操作方法を確認

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