日本から世界まで。さまざまなUD活動を紹介 ユニバーサルデザインの今

ユニバーサルデザインの取り組み事例を3つに分類してご紹介。
街づくり、モノづくり、ヒトづくり。いずれも連関していますが、興味のある分野から、ぜひご覧ください。

 100円商店街の火付け役、齊藤一成さん

岡山県真庭市勝山の「のれんによる町づくり」

岡山県真庭市勝山の「のれんによる町づくり」に対して2008年度SDA賞特別賞が贈られた。町並み保存地区の町屋1軒1軒に、意匠の異なった個性的なのれんが掛かり、勝山を「のれんの町」として一躍有名にした。その立役者である、ひのき草木染織工房を主宰する加納容子さんを訪ねた。
(ユニバーサルデザイン編集部)

【写真左: 旭川から眺める勝山の町並み】

町並み保存地区に生まれた住民発想の新しい町づくり

東京から車を走らせること約710㎞。中国自動車道から米子自動車道に入り「久世IC」で降りてひと走りすると勝山町だ。美作三湯で有名な湯原温泉の近くに位置する真庭市勝山は、1985年に「岡山県町並み保存地区整備事業」の「町並み保存地区」に第1号として指定された。岡山県北の小京都と形容されるにふさわしく、旭川に沿って800mほど続く保存地区の町並みには、白壁やなまこ壁などで作られた武家屋敷や商家が数多く残され、かつての城下町の歴史と文化を感じさせてくれる。

「町並み保存」とは、伝統的な建築が残る町並みを保存することによって、町自体の個性や魅力を再生させ、そこに暮らす住民の生活環境を整備することを目的に、日本各地で指定されている。勝山の保存地区を歩くと、家々の軒先には意匠を凝らした色とりどりの「のれん」が掛かり、玄関に飾られた生け花、鉢物とともに訪れる人々を優しく迎えてくれる。こののれんの掛かった町並みが注目を浴び、訪れる観光客が増加し続けている。

現在、92軒の商店や民家が軒先ののれんを風になびかせている。1枚として同じデザインはない。また、同じ家が季節に合わせのれんを掛け替えるので、その数はもっと多い。これを一手につくっているのが草木染の染織家の加納容子さん。ひとりの作家が制作しているところに意味があり、多くのデザイナーが意匠を凝らして競い合ったり、既製品を買って掛けたりしたのでは、この様な趣のある風情はでなかっただろう。

染織家の「のれん」がきっかけで今回の受賞につながる

この「のれんによる町づくり」に対して2008年度のSDA賞特別賞・財団法人日本産業デザイン振興会会長特別賞が贈られた。SDA賞は、優れたサインデザイン作品に贈られる、(社)日本サインデザイン協会主催の顕彰事業。

受賞のきっかけとなった草木染の染織家、加納容子さんの生家は245年続いた造り酒屋で、大戦後は祖母と母親が酒の小売店を営んでいた。東京の女子美術大学で染色・織物を学んだ後、10余年間、織物教室を主宰、染織活動をしていたが、老いた親が営む酒屋を手伝うために故郷へUターン。昼は酒屋の手伝いと子育て、夜は染織の作品づくりをしていたという。

13年前、自分の店のために染めて掛けた1枚ののれんを見て、同じ町内で水道店を営む幼なじみの行藤公典さんから「うちにも」と声が掛かったのがはじまり。行藤さんの音頭で、「かつやま町並み保存事業を応援する会」が発足したのが1996年。町にのれんを掛ける住民参加の活動が始まった。

最初の16軒にのれんが掛かった時点から、雑誌や新聞に取り上げられるようになり、のれんを見に来る観光客が増えてきた。もともと「のれんの町」として定着させる目的があった訳ではなく、自分たちでネーミングした訳でもないという。

「勝山ののれんを作り始めて13年。のれんが掛かり始めてから勝山は印象が変わったと言われる。町の通りがやわらかくなった。人の良さも感じられて豊かでゆっくりと生きているイメージまでついてきた。私は作り手ながら、のれんが起こす力をただびっくりしながら眺めてきたのだが、この度、サインデザインという観点からの特別賞をいただき、この上なく嬉しい。気がつけば最初のデザインの段階からその家の商売、心をデザインで表そうとしてきたので、こんな小さな町のサインを取り上げてくださったことに感謝し、なにより、のれんを掛けてくれている町の方々に感謝します」と、受賞カタログより加納容子さん。

観光客が増えるにつれて行政の支援も増額

毎朝、のれんを出し入れすることで、町に住む住民のコミュニケーションが良くなり、自分たちの町をつくっていくという町づくりの参加意欲も生まれてきた。行政との交渉ごとは会が中心となり、活動の幅も、空き家になった町屋を直して無料休憩所を設置したり、各家庭に古くから伝わるお雛様や手作りのお雛様を展示するひな祭りを企画したりするなど広がった。この「勝山のひな祭り」も期間中4万人の観光客を呼んでいる。

行政からの支援ものれんづくりがはじまった当初は、一戸につき製作費の3分の1を、04年からは2分の1を町並み保存事業から支援を受けている。「町並み保存事業を応援する会」も独自に各戸1万円の補助をしている。

かつての醤油蔵を改装した「勝山文化往来館ひしお」のオープンをきっかけに「町並み保存事業を応援する会」では、この施設の運営を担う「NPO勝山・町並み委員会」を発足させた。

また岡山県では初めてとなる、魅力ある観光地づくりに対して贈られる社団法人日本観光協会主催「第11回優秀観光地づくり賞」を受賞している。続いて岡山県県民文化大賞受賞、地域づくり総務大臣表彰、夢街道ルネサンスモデル地区認定とこの町づくりに対する評価は高い。

注目を浴び全国から視察が相次ぐ次世代に受け継ぐ町づくり

住民の活動から生まれたこの手法は全国でも例がなく、注目を集め視察が相次いでいるという。「毎日の暮らしの中から楽しいことを見つけ、町を大切にし、そこに暮らす人の生活を大切にすることで町を元気にしていく」「町の文化やアートを高めていけば自から観光資源となっていく」「この活動を子どもたちに見せることで子どもたちに勝山で暮らすことに誇りや幸せを感じて貰いたい」「最初は自分の好きな色も考えられなかった人が、自分の家ののれんのデザインをいろいろ考えデザインに興味をもっていく。町の人々の美的満足とコミュニケーションによる楽しさの満足がなにより大切」「人やお金を無理に動かして一時的にイベントをするのではなく、住民の動きが先にあり、それを行政が後押ししてくれる」と次々語る加納さん。人柄がにじみ出てくる雄弁さで、この人がこの町にいなかったらこの活動もあり得なかったと思った。

取材当日は、電線などの地中化工事が終わり最後の舗装工事が行われていた。町中に張り巡らされた蜘蛛の巣のような電線がなくなり、この勝山の町並みも昔の景観を取り戻す。かつて筑紫哲也氏もこのまちを訪れた際、「いい町ですね。これで電柱がなくなったらすごいね」と語っていたという。電線だけでなく光ケーブルも埋められていて、これも行政からの計画だという。良い結果は循環するというが、この町の今後の活動も目が離せない。 文・写真/橋本知人

さまざまな意匠ののれんが勝山のまちを彩る
さまざまな意匠ののれんが勝山のまちを彩る
さまざまな意匠ののれんが勝山のまちを彩る
最近は希望の色を出すため草木染めだけではなく、一般の染料も使っていますと工房での加納容子さん
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デザインは個々に打ち合わせながら進めるが家業を表現したのれんも多い
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電線地中化工事が終わり舗装工事中の保存地区
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 トレードマークの丸く染め抜いたのれんが掛かる「ひのきと草木染織工房」の前で加納さんとスタッフの上田久美子さん
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