日本から世界まで。さまざまなUD活動を紹介 ユニバーサルデザインの今

ユニバーサルデザインの取り組み事例を3つに分類してご紹介。
街づくり、モノづくり、ヒトづくり。いずれも連関していますが、興味のある分野から、ぜひご覧ください。

歴史的価値と機能の融合
ニューヨーク・グランドセントラル駅に見るユニバーサルデザイン

マンハッタンのシンボルといえば摩天楼。エンパイアステートがまず目に浮かび、ありし日のワールドトレードセンターが脳裏をかすめる。2001年の「9.11」の悲惨な記憶を引きずりつつ、跡地には総工費15億ドル(約1650億円)をかけたフリーダムタワーの建設が進んでいる。ダニエル・リベスキンドとSOMのデビッド・チャイルドの合同設計で、オフィスビルやメモリアルの複合施設となる。高さ1776フィート(約550メートル)はアメリカの独立記念日にちなんだとのこと。2008年には、世界一の高層ビルとして新たなシンボルが出現する。一方で昔ながらのたたずまいを残す建物は健在だ。市の条例により、歴史的建造物の保全が徹底しているためだ。感心するのは、人々が日常的に施設を使っていること。古いからバリアだらけに違いないと懸念するには及ばない。居心地のよさにくわえ、アクセシビリティも確保されている。
(曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員)

写真左:外観 モダニズムとボザール様式の対比が興味深い。中央のマーキュリー像がコマーシャリズムを反映している

○○○○○○のユニバーサルデザインのイメージ

グランドセントラル・ステーションの様式美

  その建築様式で存在感を放っているのがグランドセントラル・ステーションだ。東のレキシントンアベニュー、西のバンダービルトアベニュー、南の42ndストリート、北のメットライフ・ビル(旧パンナム・ビル)に囲まれたボザール様式の建物は市のランドマークとして親しまれている。42ndストリート側のファサードはコリント式の円柱やアーチ、ギリシャ神話をモチーフとした彫刻群で彩られている。中央のマーキュリー(商売の神様)を、ミネルヴァ(知恵の女神)とヘラクレス(精神力と道徳の神)が支える構図だ。商業を中心に据える発想が駅に託したコマーシャリズムをいかにも象徴している。

歴史的変遷

  グランドセントラルは、19世紀後半、当時の大富豪バンダービルト卿が興したニューヨークセントラル・アンド・ハドソンリバー鉄道会社の停留所を建て直したもの。それまでは蒸気機関だったが、煤煙公害が悩みの種だった。電化により路線の地中化が可能になったため、地下ホームを持つ新駅が必要になったためだ。1903年に着工し、当時の金額で総工費8千万ドル(約100億円)をかけ、13年に完成した。この100年以上前の額を現在の貨幣価値に変換すると途方も無い額になることは想像に難く無い。設計はワレン&ウェットモアで、ニューヨーク市立図書館の建築家でもある。建築様式はボザール様式。窓の大きなアーチ、丸天井、大理石の床や壁面、大空間と装飾的な柱、エレガントな階段などに特色がある。
 ところが1950年代になって鉄道は衰退期を迎える。モータリゼーションが急速に進み、人々は移動手段を自動車に求めたためだ。デベロッパーは老朽化した建物を壊し、高層ビルを建築する計画を打ち出す。ここで市民を巻き込む反対運動が起こった。中心となったのが、ケネディ家と故ジャクリーン・ケネディだ。反対運動はグランドセントラルを市の歴史的建造物に指定することで実を結んだ。さまざまな議論を経て現在の設計が採用され、改修工事が完了したのが1998年。工費には3億4千万ドル(約400億円)が投入された。グランドセントラルは、鉄道の黄金時代と、アメリカの富と栄光をそのまま伝える建造物として蘇ったのである。

圧倒的な空間を誇るメインコンコース

  内部通路は広く、天井も高い。中地下に位置するメインコンコースまでは所々緩やかなスロープが続く。動線は単純で迷うことはない。移動を妨げる段差などの障害物も見当たらない。広告は一切無く、サインも最小限に押さえられている。大胆な空間構成や視覚的に余分な情報が少ないことが、ウエイファインディングに大いに役立っているといってよい。内装には大理石がふんだんに使われ、要所をクラシックな照明が照らしている。一瞬、日本の感覚では薄暗い印象を受けるが、慣れてしまえば目が疲れず気持ちが安らぐ。
 メインコンコースは圧巻だ。全長143メートル、幅48メートル、天井高45メートルの空間を丸型の天井が覆う。天井には12宮の星座が描かれ、高さ23メートルのアーチ型窓からはトップライトが注ぐ。ドームがつくりだす光と空間は教会のような威厳に満ちたものではない。が、どこか懐かしいような親しみを覚える。むしろカジュアルな雰囲気が快適なのである。この気分は、儀式のための空間と実用的な空間の質の違いによるものだろう。
 メインコンコースの両サイドにはテラスが設けられている。バスケットで有名なマイケル・ジョーダンが経営するステーキハウスやイタリアンレストランがテナントだ。階段の大理石と真鍮製の手すりは優雅で一流レストランの趣。料理の質もさることながら、売り物は座席からの眺望だ。テラスのレストランでくつろいでいるとコンコースの喧騒がどこか遠い場所のように思える。劇場からステージを眺めている気分とでも言おうか。訪問時はクリスマスだったため、天井を利用したレーザー光線のショーが音響効果とともに利用者を楽しませていた。

旅情豊かなプラットホーム

  地下2層にある67のプラットホームには、一日に600本ほどの中・長距離列車が発着する。大陸横断鉄道のアムトラックや郊外列車をはじめ、5路線の地下鉄が24時間運行し、一日の利用客数は約50万人を数える。新宿駅の300万人とは比べものにならないが、その分ラッシュ時でも人の往来がゆったりとしている。プラットホームは別々のゲートが仕切られている。サインや鉄製ゲートの優美なデザインは伝統へのこだわりだろう。ホームまでは緩やかなスロープが続き、アクセシビリティへの配慮が行き届いている。

買い物客で賑わう商業空間

  この建物の価値は、文化財として保存修復しただけでなく、現代人が日常的に使う機能空間として再利用したことにある。建築的な価値とユニバーサルデザインの融合と言い換えてもよい。通常、鉄道ターミナルは機能が最優先される。大量の利用客をスムーズに移動させるためには、空間の豊かさは二の次である。東京駅や新宿駅を思い浮かべても、そこで芳醇なひと時をすごそうという気は起こらないだろう。
 グランドセントラル・ステーションの空間には、気持ちを豊かにさせる精神的なコンテクストがある。物理的な尺度では量れない人類の英知や営みを宿しているからだ。ユニバーサルデザインが生活環境を豊かにする思想であるなら、そうした価値を備えた空間機能を見直すべきではないだろうか。
※ 参考資料 The City Review 1997-2005

グランドゼロ
2008年の完成に向け、フリーダムタワーの建設が進む。フェンスに沿って捧げられた犠牲者のメモリアルが痛ましい事件の記憶を蘇えさせる
壁面彫刻
レキシントンアベニュー側の石炭石の壁面を彩るレリーフ
1900年当時の正面図
1900年当時の正面図ではボザール様式の特徴が見て取れる
版画
当時の版画は電化による線路の地中化により、煤煙公害や交通事故が激減した
コンコースへの通路
コンコースへの通路は段差が無く、単純な動線。広告は一切無く、サインも最小限に押さえられている
エレベータ
エレベータはオフィスビルへの段差解消用。共材として大理石を用いた豪華のデザインが目を引く
総合サイン
内装とマッチしたエレガントな総合サインのデザイン。要所にのみ配置されている
通路の天井と照明
細かい部分のデザインにも歴史的なコンテクストが活かされている通路の天井と照明
メインコンコース
全長143メートル、幅48メートル、天井高45メートルの メインコンコース を丸型の天井が覆う。天井には12宮の星座が描かれている
切符売り場
切符売り場は往年のターミナルを踏襲した旅情豊かなデザイン
テラスへの階段と手すり
優雅で実用的な大理石の階段と真鍮製の手すりが見られるテラスへの階段と手すり
手すり
テラスへの階段と手すりには優雅で実用的な大理石の階段と真鍮製の手すりが設けられている
プラットホーム入口
プラットホーム入口。案内表示の優美なデザインは伝統へのこだわり。座っているのはホームレスではなく、スケッチに勤しむ美大の画学生たち
プラットホーム
プラットホームは緩やかなスロープでアクセシビリティに配慮している
地下のフードコート
サークルを巧に利用してベンチを配列させた地下のフードコート
一階ショッピングモール
一階ショッピングモールは日常の買い物に便利な生鮮売り場やセンスのあるショップが並ぶ
靴磨き
靴磨き。これも往年の風景の一つ

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