日本から世界まで。さまざまなUD活動を紹介 ユニバーサルデザインの今

ユニバーサルデザインの取り組み事例を3つに分類してご紹介。
街づくり、モノづくり、ヒトづくり。いずれも連関していますが、興味のある分野から、ぜひご覧ください。

教育のユニバーサルデザイン
-千葉大学工学部デザイン工学科環境デザイン研究室-

21世紀の生活環境づくりのためには、ユニバーサルデザインを視点とする人材育成が不可欠だ。一方でシステムとしてさまざまな領域と連携するため、細分化された学術研究に馴染みにくいのだが、千葉大学工学部デザイン工学科は、この包括性を積極的に取り入れている。学科は「意匠系」と「建築系」に分かれており、特に前者の環境デザイン領域でユニバーサルデザインに力を注いでいる。
(曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員 )


【写真左:環境デザイン研究室 研究過程でのコミュニケーションを重視している】

環境デザイン研究室 研究過程でのコミュニケーションを重視している

必然的に導かれるユニバーサルデザイン

 8月下旬、大学は夏休みのはずだが、清水忠男教授を中心とする環境デザイン研究室は、寸暇を惜しんで学生の指導や研究に勤しんでいた。そうした状況でも笑顔を絶やさない清水教授が、佐藤公信助教授、原寛道助手と共に自作の「おむすびテーブル」を囲み、穏かな口調で取材に応じる。  

 「生活環境とは、人間関係のようなソフトと、人間のつくり出したモノや空間によって形成される総体を示します。研究室では、生活環境を人間の心理や行動を中心に総合的に調査・考察しています。そして、人間がつくった環境をよりよくするために、望ましい生活環境のあり方や計画手法を研究し、実際にデザインに反映させています」

 研究室は徹底した現場主義を貫いている。生活環境を知るためには、その場に行き、実際の使用状況を観察し、使用者の意見を聞く必要があるためだ。例えば、まちづくりの場合は、住民とのワークショップを行い、住民と一緒に街を歩く。行政へのプレゼンテーションも行う。そして、単なる紙上の提案に終わらせず、メーカーと共同開発を行うなど、できるだけ具体化につなげてゆく。高齢者施設に関するデザインの場合、まず、施設にボランティアとして入り込んで入居者や介護者と接し、意見交換や観察調査を行って問題発見を行うよう努める。

 「特にUDを標榜しているわけではありませんが、結果としてUDになることが多いですね」と清水教授。生活環境の現場にはさまざまな人々がそれぞれのやり方で行動を繰り広げている。

 そういう多様な人々の要求に応えるデザイン解決をめざしていくと、必然的にUDを志向することになるという。

 「従来のものづくりでは、製品は消費者を対象とし、市場で消費されることをめざしてきました。その評価は市場占有率が重要な決め手だったわけです。一方、生活環境づくりや生活環境を形成する製品の相手はユーザーです。そして、その評価は使う人と使われる場によって決まります」。環境デザインの調査対象は使う人と使われる場であり、その意味で、現場から出発するデザインなのである。

ものづくりの枠を超えた生活環境づくり

  研究テーマの環境自体が総合的であることは重要な意味をもつ。清水教授は「デザインは総合することが使命。従来の工学部の守備範囲を超え、ソフトやシステムの提案まで幅広く行っています」と述べる。必然的に単体としての製品はもちろんのこと、環境の構成要素としての製品に関する研究やデザインが中心となる。

 研究室では、デザインのプロセスにおいて、疑問が生じると些細なことでも現場に立ち返ることを実践している。「人と人、さらに周辺の人々が関わる要求事項を抽出し、デザイン要件を引き出ことが大切なんです」と清水教授は強調する。従来のものづくりでは、人間工学に代表されるように、モノと使い手との1対1の関係が問われた。一方、生活環境づくりはそれよりも広い。周辺の人たちや状況とのかかわりから、さらに新しい行動が生まれる。この広がりに注目していることが特徴だ。

南房総地域を対象にした観光活性化

  このプロジェクトは、千倉町や白浜町を中心とする南房総地域を対象に、生活環境の質向上や観光活性化を住民とともに追究するプロセスから生まれた。この地域はかつては首都圏からの観光客でにぎわったが、東京湾アクアラインの開通で、日帰り観光が主流になった。滞在型観光を取り戻すために研究室が提案したのが「ゆったり・すこやか型観光」への転換である。

・観光客の視点に立った情報発信
 まず、千倉町や富浦町の遊歩道に歩行者の案内標識を試験的に設置した。観光客が散策するときの視点に立って情報を整理し、「誘導する情報」「位置を示す情報」「距離や時間を示す情報」「空間や場所を理解する情報」「地域の魅力と伝える情報」に分けて伝えた。 取り付ける場所や角度は散策歩行をする観光客の目線で工夫し、季節によって見所を選べるようにもした。特に高齢者向けのコースは、トイレをたどっていけるように配慮した。

遊歩道のサイン計画

・サイン計画と案内マップの融合  
 さらに、ポケットに入れることができる案内マップも用意した。ポケットに入れる案内標識がコンセプトだ。案内マップには、バスや電車の時刻表を入れることで、現地滞在時間が計算できるようにした。風景などの写真部分は、切り取ると絵葉書になる工夫を加えた。従来、案内マップとサイン計画は別々だが、研究室では統合を試みたのである。

・利用者が主体的に行動したくなるサインシステム  
 現在白子町のサイン計画が進行中である。歩行者や自転車、自家用車のそれぞれの視点を重視する。車道の標識は遠くからの視認性を最優先する一方、歩道の標識は歩く人への思いやりに配慮する。情報体系主体の硬直したサインシステムではなく、人々が主体的に行動したくなる柔軟なサインシステムを構築中だ。

交流型スローツーリズムのための三輪自転車の開発

・高齢者の行動調査  
 地域を自転車で調査したところ、手押し式買い物用カートを押している高齢者を頻繁に見かけた。そこで自転車によって住民と観光客とを結びつけ、住民の移動手段の確保と新しい観光スタイルをリンクするアイデアを得た。高齢者の行動の実態調査を行ったところ、自動車に依存する状況の中で移動手段を失いつつあることがわかった。 ・交流型スローツーリズムのための二人乗り三輪自転車の開発  
 提案したのが、前二輪・後一輪の二人乗り三輪自転車である。特長は、二輪車よりも安定性が高いこと。空間に収納庫やテーブルを配して飲食物や地図を置けるようにもした。これを使うと交流型のスローツーリズムが実現する。まず、観光協会が観光客に依頼し、三輪自転車で高齢者を買い物や役所、病院などに連れて行ってもらう。その代わり、観光客は地域を案内してもらう。観光客にとって、自動車では見ることができないポイントに寄れるのが魅力だ。高齢者にとってみれば、普段の介護されている立場から、道案内する立場となるわけで、張り切った気分が生きがいにつながる。

・アバンテク社で開発されたTRIKEを改良
 開発途中で習志野市のベンチャー企業アバンテクとの連携が始まる。この会社はすでに前二輪・後一輪の一人乗り三輪自転車「TRIKE」を開発しており、前二輪の円滑な制御に不可欠なパラレルリンク機構をもっていた。若者に好評だったが、高齢者に試乗してもらったり、レンタサイクルとして実験的に観光客に貸し出してみると、前に加重がかかるので、ハンドルが切りにくいという評価が得られた。

・「NEXTRIKE」の開発
 研究室は「TRIKE」を高齢者にとっても乗りやすく改良することを提案。早速、アバンテク、千葉県産業技術支援研究所及び千葉工業大学井村研究室とともに千葉県産官学共同開発事業からの助成を得て、開発のための実験を推進した。その結果、ハンドルを高くして、サドルに背もたれをつけ、ペダル位置を前方に移動させると、高齢者にも楽に安定して走行できることがわかった。この改良型を「NEXTRIKE」と名付け、地図やカメラを収納するネット式のポケットや荷物置きをデザインして観光者の利便性に配慮した。試作車を南房総でさまざまな人々に試乗してもらった結果、極めて高い評価を得た。現在、南房総地域をカバーするレンタサイクルネットワークの構築を地元関係者と検討している。

高齢者施設の調査とインテリアデザインの改善

  ユニバーサルデザインは高齢者にとって特に重要だ。身体や知覚機能の低下は生活環境にさまざまなニーズをもたらす。研究室は現場での考察と検証を繰り返すプロセスの中で高齢者を思いやるデザインを追及している。

・個性の追求  
 研究室は、ユニットケアで計画された愛知県の特別養護老人ホームの2、3階の公共部門および家具の設計を手伝った。普通、特養はどこも同じ印象を与えるが、ここではモダンとクラシックの個性を打ち出した。また、居室ドアに号室や名前ではなく、額縁や色紙、その人が描いたものなど、入居者が望むものを入れられるようにした。

インテリアデザインの改善

・使いやすい洗面台を考える  
 設備では、1人の介護者が2人の入居者に対応できる左右非対称形の洗面台を提案した。モデルを作り、手動や電動車椅子の利用者、また介護者の意見など、さまざまな身体能力の人々を対象にヒアリングやビデオ撮影などの調査を何度も行い、寸法や形状を詰めていった。最後に現場で入居予定者にモニター調査し、寄りかかりに耐えるように強度を補強した。

・洗面台の製品化  
 通常の洗面台は内側にアールがついているが、これは一部が平らなのでコップが置ける。杖を立てかけることもできる。車いすでの利用に備え、アプローチは斜めから楽にできるようにし、車いす使用時に洗面台に身体を引き寄せやすいよう、手が掛けられるカウンターエッジを取り入れている。現在、メーカーで特注製品として商品化し、パンフレットも制作した。このように実際の利用者一人ひとりの声を確実に拾い、デザインに反映してゆくことによって、結果的に特定の施設に留まらない新しいデザインに結実していった。

照明環境の検証と高齢者の行動調査

・ 自立度を妨げる均質な環境  
例えばケアハウスは自立度が高い人が入るはずにもかかわらず、入居後、半年で元気がなくなり、1年も経つと無気力なってしまう傾向がある。なぜなのか。かねてから高齢者施設と自立について疑問を抱いていた研究室では、さまざまな施設を訪問し、実地調査を行ってみた。すると、使用状況の異なる空間であるにもかかわらず、どこもが均質な照明や、音環境である傾向が見られた。さらに、学生がボランティアで施設の手伝いをして入居者の行動を観察した結果、自分自身でコントロールできない環境が元気を無くす原因ではないかという仮説に至った。実際、施設での生活は管理者にすべて任せきりのところが多い。例えば、自宅では自分で照明をコントロールできたのに、施設ではできない。また、施設内では、明るさは確保されつつも、どこも均質な照明計画がされている。

・ 照明器具の効果  
そこで照明の調査を行った。まず、入居者が自由にON・OFFや明るさをコントロールでき、アームが動くタイプの照明器具を2種類持ち込み、行動を逐次記録した。すると、たいていの入居者がベッドの頭のまわりに照明を希望。やがて、行動が明らかに変わっていった。それまではテレビばかり見ていたのに、部屋に人を招いたり、新聞や本を読み始めるようになったのである。

・ 散策活動の効果  
続けて外出についても調査した。ケアハウスでは、認知症の傾向がある入居者には、1週間に2度だけバスでの外出が許可されていた。そこでゴルフのカートにお年寄りを乗せて施設の周りを案内したところ、大変喜ばれた。さらに積極的な行動を促すため、学生が近所の寺社まで徒歩で同行した。

・ 行動観察から、さまざまな「必要」を見つける  
散歩の道中で交わされたお年よりとの会話から、散策活動が日常生活において適度な刺激を得る機会となりうることが明らかになった。ところが、休憩する場所がないため帰りが大変だったことから、散策の道沿いに休憩できる場所やベンチの必要性が浮かび上がってきた。調査の結果、高齢者の行動観察から街のあり方に焦点が動いていったのだ。ある問題点を解決するためには、関連するさまざまな視点が不可欠であり、それらを関係付けて解決していくこともユニバーサルデザインには求められている。

〜取材協力
清水 忠男(しみず ただお)
製品・環境デザイナー/千葉大学工学部教授
ユニバーサルデザインやコミュニティーデザインなどさまざまな要素を関連づけ総合するデザインの研究と実践に取り組む

佐藤 公信(さとう きみのぶ)
展示・音環境デザイナー/同大学助教授
専門分野は展示デザインにおける空間演出および音環境デザイン。送り手と受け手の新しいコミュニケーションのあり方が研究テーマ

原 寛道(はら ひろみち)
遊び環境・環境情報デザイナー/同大学助手
専門分野は,子どもの遊び環境のデザイン。生活環境の視点で遊具、施設、公園、地域、といった幅広い領域に対して研究を行う

カリキュラム 環境デザイン研究室では、学生は自らの興味に応じて、学部、修士、博士課程を融合するグループを形成して、取り組んでいる。ゼミには、個別ゼミ、学年ごとのゼミ、全員参加の横断ゼミに加え、外部から人を招いて行う全員参加の特別ゼミがある
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