日本から世界まで。さまざまなUD活動を紹介 ユニバーサルデザインの今

ユニバーサルデザインの取り組み事例を3つに分類してご紹介。
街づくり、モノづくり、ヒトづくり。いずれも連関していますが、興味のある分野から、ぜひご覧ください。

表現のユニバーサルデザイン
-ユニバーサルメディアとしてのマンガ-

ものづくりのまち、東京・墨田区出身のデザイナー、高橋正実さんが表現する、既成概念を飛び越えた新たな共用の形。
(曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員)

【写真左:オーギュスト・ロダン「歩く男」。すべての筋肉と骨格が歩くエネルギーに向けられている。】

オーギュスト・ロダン「歩く男」。すべての筋肉と骨格が歩くエネルギーに向けられている。

アートとデザインに共通する、表現のユニバーサルデザイン

 例えば、「デザインはアートではない」というデザイン界での一般的な見解がある。機能のみを捉えるのならそうであろう。だが、表現から見た場合、この意見は表層的で、デザインの本質を捉えきれていないといえる。むしろ、「デザインとアートとは正反対のアプローチをおこなう」と言い換えるべきところだ。  デザインはターゲットユーザーの要望に応えながらカタチづくりをおこなう。反対にアーティストは自己の信条を貫いてカタチづくりに反映させる。形態として、デザインは使い勝手や審美性、安全性に優れた実用的なカタチをもち、一方のアートは非実用的ながらデザイン的な基準では図りきれないインパクトを与えてくれる。そして、どちらも本物は感動を伴う。楽しい、かわいい、深い、やさしい、新しい、うまい、元気になるetc. アプローチは正反対でも、さまざまな種類の感動がそこにある。  彫刻家オーギュスト・ロダン (1840〜1917年) とコンスタンチン・ブランクーシ (1876〜1957年) の作品は、正反対のフォルムで我々を圧倒する。ロダンのそれは、肉付けによるエネルギーの放出である。一方のブランクーシのそれは余分なものを極限まで削り取った純粋無垢な姿だ。どちらも、男の体の本質に迫ることで生命力への感動を与えてくれる。

マンガは優れた表現手法

  そこでマンガである。何かを表現する尊さにおいて、マンガはデザインや芸術、文学に何ら劣ることは無い。ユニバーサルでザインの視点で見れば、そうしたジャンルよりも優れているとさえいえる。「わかりやすさ」 という基準で、マンガの右に出るものはないからだ。  マンガは、コマと絵と文字による総合的な表現手法である。コマ構成や絵にはデザインや芸術の、文字とストーリー展開には文学の要素をもつ。そしてマンガのマンガたるべき最大の要素はキャラクターにある。少々絵や構成が下手でも、ストーリーがハチャメチャでも、キャラクターが生き生きとしていれば、読者に共感を持って迎えられる。逆に、絵や構成がたくみでも、キャラクターに魅力が無ければ読み飛ばされてしまう。

マンガの本質

  マンガの中には、キャラクターが魅力的でかつデザイン的、芸術的、もしくは文学的に高い評価を得ている作品も少なく無い。にもかかわらず社会的な評価が低いのは、「子ども向き」 「低俗」 「荒唐無稽」 といった先入観によるところが大きい。なるほど、大量生産、大量消費されるマンガにはそうした作品が多い。いや、むしろ大半がそうだと言ってもよいかもしれない。  しかし、少ない割合いとはいえ、優れた作品は確かに存在するのであり、出版物の3割以上を占める膨大な全体量から見ると、その影響力は非常に大きい。  

マンガの本質は「わかりやすい」ことと 「おもしろい」 ことに尽きる。娯楽に対する大衆の欲求がここに集約されるからだ。そしてマンガはどん欲なまでに、なり振りかまわぬ情報吸収力を発揮する。デザイン、アート、文学は言うに及ばず、先人のマンガやヒット作品の優れた部分をパクりまくる。 マンガの奇妙さは、パクりの中で作家のオリジナリティが完成される傾向と、大衆がこれを受け入れることにある。わかりやすくておもしろいという価値に対し、手段は問われない。だからマンガは社会的な評価が低いんだという声が聞こえそうだが、そもそも何を示して社会と言うのか。デザイン界か、芸術界か、はたまた文学界か。これらは職業集団であり、社会を代表するものではない。むしろ、出版全体の経済規模3.61兆円のうち、雑誌と単行本を合わせて5200億円を超えるマンガの市場規模 (電通総研編「情報メディア白書2002」より) に社会ニーズを見て取るべきであろう。「日本の文化はアニメとマンガ」という海外の評価も無視できない。 。

マンガの2大アプローチ

  以上のように、マンガは表現のユニバーサルデザインの一翼を担うメディアである。もちろん、ユニバーサルデザインとしてのソリューションを備えている。ひとつの作品とキャラクターで多くの人々に訴求する共通化アプローチと、さまざまなニーズにいろいろな作品で対応する多様化アプローチである。

 ロングランとして幅広い支持を受ける作品は共通化アプローチだ。1946年に新聞で連載がはじまった 「サザエさん」 は現在テレビアニメ化され、平均25%の視聴率をもつ人気番組として定着している。親子三代にわたって愛されているマンガである。「ドラエモン」 も誰からも親しまれるマンガとしてポストサザエさんの地位を築きつつある。

 こうした人気キャラクターはゲームやおもちゃ、教材、文具、生活雑貨、家庭用品、食品、イベント、まちづくりといった実に幅広い分野に展開される。キャラクターの親しみが、作品を超えたさまざまなモノやコトへの共感を生み出すと考えられるためだ。当然のことながら、経済への波及効果も大きい。「ポケモン」はこの展開で1兆円を稼ぎ出した。

 一方の多様化アプローチは実に多彩である。ありとあらゆる読者ニーズに応えようとする真摯な姿がそこに見て取れる。 1986年に出版され100万部を超えるベストセラーとなった「マンガ経済入門」は難しい経済問題をわかりやすく解説する実用コミックの先鞭をつけた。その後、考え得るすべてのテーマがマンガ単行本や宣伝広報のメディアとして活用されるようになった。政治、宗教、医療・福祉、教育、歴史、芸術、文化、自然、科学、哲学、社会制度、癒し ・ ・ ・。環境白書のマンガ版が話題を呼んだのは遠い過去の話だ。いまや、政府や自治体の刊行物でマンガを起用しない例は見かけなくなった。

コミックケーションとは

  このように、マンガを使ったコミュニケーションを コミックケーション と呼ぶ。商業誌に代表される娯楽ものよりも、企業や官公庁、各種団体などのコミュニケーションツールが主なメディアである。  発信者サイドの理由は簡単で、マンガであれば老若男女を問わず幅広い人々に親しみをもって受け入れられると信じられているからだ。その通りではあるが、多くの場合、マンガの特長を活用しきれていないか、まったく取り違えていることに失望を禁じ得ない。マンガは「わかりやすい」ことと同時に、「おもしろい」ことがその存在価値のすべてである。ところが、多様化アプローチの中には「おもしろさ」には無頓着で、キャラクター性が希薄な説明調の展開に終止する例が後を立たない。  

 ここでいう「おもしろさ」とは、受け手の共感を示す。ゲラゲラ笑わしてくれることがおもしろいこととは限らない。思わずニヤリとさせられたり、考えこまされたりするなど、つい引き込まれる精神状態を共感と呼ぶ。

 情報を正確に伝えるのは結構だが、おもしろく伝えるためには、キャラクターに命を吹き込まねばならない。キャラクターへの共感がマンガのおもしろさを左右するからだ。おもしろくすることが批判を浴びるというのであれば、マンガの起用は見合わせてイラストなどの代替手段を講じるべきだ。

ユニバーサルデザインが求めるこれからのマンガ

  ユニバーサルメディアとしてのマンガには、今後ますます多様化アプローチへの展開が期待されるであろう。価値の多様化や娯楽の代替手段が増えたことにより、商業誌での大ヒットが生まれにくくなった事情も背景にある。とにかく、おもしろさで感動を呼び起こす、その心掛けをクリエーターサイドは忘れてはならない。デザインと比べて軽薄なユニバーサルデザインと呼ばれてもかまわない。むしろ大衆に近いことに誇りを持つべきである。

コンスタンチン・ブランクーシ「男のトルソ」。純粋なフォルムが生命の神秘を呼び起こす。
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ソニー「AIBO」。ロボットに癒し効果をもたせたヒット商品。
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手塚治虫「マンガの描き方」(光文社)。プロの誰もが先人の技法やスタイルを真似た時期をもつ。日本のマンガは手塚治虫のパクリ(夏目房之介氏)という意見もある。
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藤子・F・不二雄「ドラえもん」(小学館)。老若男女、国籍をも超越した人気キャラクター。
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のらくろード。東京都江東区森下の高橋商店街振興組合が商店街の活性化に起用。グッズやイベントに往年を懐かしむ声とともに若者やちびっ子ファンも急増中。
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コミックケーションのキーワード。わかりやすくておもしろいことがすべて。単純のようだが、達成は容易ではない。
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